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「反原発」と「水銀法」の共通点 [環境問題]

(。・ω・)ノ゙ コンチャ♪

2010年3月のブログに「お馬鹿な政治家は国の災厄ですね┐(´ー`)┌ 」と書いてから2年と半年・・・・

こんどは、「知識のない大衆は国の災厄ですね」と言わねばならないのかな・・・( ̄. ̄;)エット ( ̄。 ̄;)アノォ ( ̄- ̄;)ンー

-----------------------------(化学 1993年7月号)

水銀電解法の消滅とその背景
岡崎達也
[徳島大学名誉教授/触媒化学工竿〕
NaOH製法の変遷-3w.gif
 化学工業技術は日進月歩,過去の化学技術はすべて"消え去った化学技術"であり,痕跡すら残していない。それらはいずれも,経済性,,生産規模,製品規格などの要求に応じ"経済原則に従って消え去った"といえる。しかし、なかにはそうとばかりいえない例外的な場合もある。その一つがここに紹介する日本のソーダ工業技術における「水銀電解法」である。では、なぜ日本においてのみ水銀電解法が消え去っていったのであろうか・・・・・。

 

化学-1993-07-消え去った化学の物語-46-NaOH生産法・国別.gif

 

特異な日本のソーダ工業

現在の日本のソーダ工業は,生産力,技術力ともにまさに世界のトップレベルに逮しているといえる。1992年度における世界のカセイソーダ主要生産国19か国の生産能力と製法別能力(%)を見ると(表1),日本は生産能力ではアメリカにつぐ2位グループ4か国一つである。そして技術的には,最先端技術のイオン交換膜法(IM法)が全生産能力の82%を占め,水銀電解法(M法)は0%.アスベスト隔膜電解法(D法)が18%である。これを世界全体の平均値,M法33.9%,D法44.5%.1M法20.5%と比較すると, IM法が格段に多く,特異的である(図1)。

化学-1993-07-消え去った化学の物語-47-NaOH製造法比較.gif

 ここで日本のソーダ工業の発展の跡をふりかえってみよう。日本にソーダ工業が初めて導入されたのが1881年である。当時,欧米ではアンモニアソーダ法(ソルベー法,Solvay,1866)が主流であった。しかし,日本は技術情報の不足から,旧式のルブラン法(Muspratt,1823)を導入した。そのため,その後のソーダ需要の90~95%を輸入に頼らざるをえなくなった。そこへ第一次世界大戦が勃発し(1914年),ソーダの輸入が途絶してしまい,国産の必要に迫られることになった。そこで1915年にD法(隔膜法,Brauer,1888)が導入され,1916年にM法(水銀法,Castner,1892 ;Kellner, 1895)が国産技術により工業化された(電解法のなかではD法が1950年までは主流であった)。さらに1917年にはアンモニアソーダ法が導入されて三製法が競いあったが,カセイソーダ需要の伸びに比べて塩素需要が伸びなかったために,第二次世界大戦前後にはアンモニアソーダ法が主流を占めていた。第二次世界大戦後,1950年から炭酸ソーダと塩安を並産する塩安ソーダ法としてアンモニアソーダ法の開発が進められたが,塩化ビニル樹脂需要の急増により塩素需要が急増したために,塩素を生産できないアンモニアソーダ法は衰退し,通産省の技術指導(1961)により,M法(水銀法)への転換が1967年に完了した。

全盛を誇っていた水銀法

M法(水銀法)とD法(隔膜法)の優劣は1950年ごろまでは明らかではなかった。M法はD法に比べて電力原単位が高く,建設費も高い。しかし一方で,製品カセイソーダの濃度,純度がともに高いという特徴がある。そのため,高濃度・高純度を要求する化学繊維工業の飛躍的復興とともに需要が急増し,1950年を境にしてM法が優位となった.その後,金属陽極の開発による電解電圧の低減化,電解槽容量の大型化,耐食性材料開発などの技術開発がなされ,効率化,合理化の努力によって電力原単位,水銀原単位を低減させた.その結果,M法による生産量は1950~71年の21年間に年率平均19%の増大を続け,製法別生産量は29.6%から95.7%に拡大し,まさにM法(水銀法)全盛の時代となった。日本のカセイソーダ生産能力と,製法比率の1942~92年の間の推移を図2に示す.50年の間に,主流製法がおおまかに,ア法,D法→M法→IM法と転換していった経過が見られるが,途中に,技術進歩の流れから見て不合理なD法←M法の逆行転換の一時期(1976~84)があったこと,また世界的に今なお現役であるM法が日本では1985年以降に消滅したことが不思議に思われる。

化学-1993-07-消え去った化学の物語-48-日本の製造法の変化.gif

広がった水銀への恐怖と化学企業への憎悪

 石油化学工業の勃興,急速な展開,経済の高度成長にともなって,電解塩素の大量消費の道が開かれた。塩化ビニル樹脂,塩素系溶剤,漂白粉,除草剤,上水道滅菌用,繊維工業,製紙工業の漂白用などである。カセイソーダの用途も,化学工業,化学繊維のほかに,紙パルプ,アルミ,セロファン,、石鹸洗剤,染料,無機薬品と増大していった。しかし,1950~60年代の高度経済成長の好況のなかで,国民はそれにともなって生じた歪み・弊害に目を向けはじめていた。
まず1953年末から,後に熊本水俣病といわれる悲惨な奇病が現れた。その原因が究明された結果,チッソ水俣工場のアセチレン水和反応の反応塔で副生した微量のメチル水銀が工場排水中に混入し,水域にでて,水中微生物から食物連鎖により魚介類に濃縮蓄積されたものを,付近の漁民が大量に反復経口摂取することによって中毒症状に至ったといわれた(熊本大1959,厚生省1968)。さらに1965年に阿賀野川下流域にも有機水銀中毒が発生し,昭電鹿瀬工場がメチル水銀排出源と
して疑われた。ほかの原因として,当時広く用いられた農薬の有機水銀剤セレサン石灰も疑われたが,それは無視された。そして1971年9月に新潟地裁判決がおりて原告側の勝訴となり,昭電は控訴しなかった。続いて1973年3月に熊本地裁判決がおり,原告側の全面勝訴となった。水俣病の悲惨さと企業に対する厳しい判決の報道は,国民の間に水銀の恐怖と化学企業への憎悪を広がらせた。
同年5月に大牟田に第三の水俣病発生の報道があったが,7月に九州大学医学部により否定された.6月に徳山に第四の水俣病発生の報道があったが,1974年に環境庁により否定された。しかし,誤報であっても,一時的に国民は極度の不安に陥り,魚介類が売れなくなり,漁業関係者にとって大問題となった。6月に厚生省が魚食生活安全指針を発表し,また訂正するという不手際があり,国民の不信感はますます増した。魚介類には元来,自然界に存在する水銀を微量に含んでいるから,その量と比べての過剰量を問題にすべきであるが,当時それは議論されなかった。「魚介類に含まれる水銀はすべてソーダエ場排水中に含まれる水銀による汚染」と受けとられ,国民の非難の目は日本全国のソーダエ場に向けられた。無機水銀が水俣病をひき起こすには,無機水銀からメチル水銀へ変化する化学反応過程の合理的説明が必要であるが,これも無視された
化学工場がどんな公害対策を行っても,汚濁物質を排出して環境を汚染する,という強い不信感が残っており,有機水銀と無機水銀の区別もなく,クローズドシステムも信頼されず,ともかく水銀が工場内に存在することが不可,という非合理的な議論がまかり通って,合理的な議論の場がないという異常な社会的雰囲気であった。

全面転換に追い込まれた水銀法

すでにソーダ業界は,M法(水銀法)の排水,排泥,排気および製品などに分布する水銀の低減化・回収の研究,工場のクローズドシステム化に全力を注いでいた。そして1974年に全ソーダエ場についてそれを完成させるまでに至っていたが,この努力と成果も無視された。一方ではIM(イオン交換膜法)法が研究されており,M法の次の世代の技術と期待されていた。今日から見れば,D法←M法の逆転換ではなく,技術的には"クローズドシステム化"を早急に完成し,IM法の開発を促進する道を選ぶべきであったと思われるが,そうした道は選ばれなかった。
1973年2月,産業構造審議会化学工業部会は,「今後増設する施設は原則として隔膜法など水銀を使用しない方法を採用する」との方針をだし,政府はこれを受けて,"水銀等汚染対策推進会議"第一回を三木環境庁長官を議長として開き,「昭和50(1975)年9月までに全ソーダ工場の2/3を非水銀法に,そして52年度末までには原則として全面転換を行うこととする」と決定した。政府は,当時の漁業騒動および国民生活の不安を早急に沈静化させるために,製法転換の技術的,経済的問題の議論を封じた。
稼働中のM法(水銀法)工場を廃棄し,技術的に劣る旧法であるD法(隔膜法)の工場を建設するという公害対策は,世界に例を見ないものである.政府は,企業に対する厳しい対策を国民に示すことによって,それまでの数かずの公害問題についての政府の失点,公害防止行政の後退に対する国民の非難をかわそうとした空気が一部にあったともいわれる。
自動車工業会は,マスキー法に準ずる自動車排気の性急な規制策の提案に対して,排気処理技術の完成まで政府の規制適用の時期を遅らせ,それが大きな要因となってその後の日本自動車工業の飛躍的発展を成功させた。それと比較して,ソーダエ業に対してとられた上記の公害対策は,はたして妥当なものだったのだろうか。
当時の企業全般が国民生活の犠牲,人命軽視,環境破壊のもとに利潤を追求し急成長している,という不信ムードのなかで,ソーダエ業が矢面に立たされ,不信,怨念の対象,魔女にされたといえる。転換によって製品は低品位,高コストとなり,化学繊維などの関連工業を含めて国際競争力を失うことは明らかであった。しかし決定どおり,1976年1月には全ソーダ工場の2/3がD法←M法の転換を完了した.残り1/3については延期され,1986年6月にすべての転換を完了した。こうして転換を終わってみれば,逆行転換のために10年の年月と4000億円以上の投資を無駄にしたといわれる。

NaOH製法の変遷-3w.gif

-------------------(引用終わり)-----------------

原発に対する対応も同じではないでしょうか?((φ(-ω-)カキカキ

巷では「電力不足が叫ばれていたのに、結局停電なんか起こらなかったではないか」なんて意見も飛び出しています(って、同僚からもFacebookにそんな投稿が・・・) "o(-_-;*) ウゥム…

「原発を廃止しても安全神話」.゚+.(o´∀`o)゚+.゚・・・・・って石油ショック」を忘れたの? φ(o・ω・o)ノ⌒@ 

-----------------------------(産経新聞2012.9.4)

また「神話」を作るのか

 空の青が濃くなり、まばゆい白色だった日差しも徐々に黄みを帯びてきた。「節電の夏も峠を越えたか」と考えたとき、唐突に10年以上も前の話を思い出した。銀行、証券の破綻が続いた金融危機から何年かあとのことだ。

  「なぜ銀行に巨額の税金を投入して延命するのか、などいろいろ批判されたが、あれだけは絶対に許せない」と言って、危機対応に直接かかわった金融当局幹部 があげたのは、あるテレビキャスターのセリフだ。「大手銀行が破綻すると、日本発の世界金融恐慌が起きるといわれたが、何も起きていない。あれは何だった のか」

 大手銀行の破綻は不可避と判断した当局は、累が世界に及ばぬような枠組み作りに腐心した。特に問題銀行がかかわる膨大な金融派生商品は他の金融機関と連動しており、破綻すると連鎖的に損害が広がる。それを一件一件解きほぐし、処理せねばならない。彼らは、気が遠くなるような作業に取り組み「日本発の金融恐慌」を防いだ。そんな努力も知らずに、せせら笑うようなキャスターの言葉に激怒したのだ。

 さて、「節電の夏」だ。ここまで大規模停電など不測の事態は起きていない。企業や家庭の節電。7月に気温の低い日が続いた幸運。火力発電所のフル稼働を維持した関係者の努力。何より関西電力大飯原発の再稼働がある。どれ一つ欠けても成功しない綱渡りなのに、早くも「原発がなくても大丈夫」という声が出始めている。例のキャスターのように「夏は電力が大変、と危機をあおっていたのは何だったのか」という者も出そうな勢いである。

 これでは「原発安全神話」と同根だ。かつて関係者は危険な技術と緊張して対峙(たいじ)した。だが、深刻な事故のない時代が続き、緊張感は失われ、「神話」になった。福島第1原発事故の各種報告書や東京電力の会議記録などからは緊迫した状況とは対照的な妙なゆるさがうかがえる。「原発は安全」という思いと、刻々と危機が進行する現実とのギャップに戸惑い、神話にすがろうとする人々が発する「ゆるさ」かもしれない。

  2度目の電力不足の夏も先が見えてきた今、広がりだしたゆるい空気は何だろう。「何とかしのいだ電力危機」という現実が「原発がなくても何とかなる日本の電力」という神話に変質し始めていないか。原発安全神話に代わり、「何とかしのいだ電力危機」という現実が「原発がなくても何とかなる日本の電力」という神話に変質別の神話を作るのか。そんな思いにとらわれる9月。まだ残暑は厳しい。(編集長 小林 毅)

------------------(引用終わり)-------------

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ と云いますが、石油資源は限りがあり、確実に「石油危機」が来ようというのに、それでも脱原発を脳天気に唱える人々は、またトイレットペーパーを買いにスーパーに走るんでしょうね・・( ,,>з<)ブッ`;:゙;`;:、

---------------------------(JB Press 2012.7.20)

「脱原発」を求める大衆運動が盛り上がっている。ソーシャルメディアの普及で、動員が容易になったためだろう。多くの人々が社会に関心を持つのは悪いことではないが、脱原発が政策として正しいかどうかは別の問題である。

 7月16日に東京の代々木公園で行われた「さようなら原発10万人集会」には、主催者発表で17万人が集まった。動員したのは労働組合だが、主役 は大江健三郎氏、瀬戸内寂聴氏、坂本龍一氏といった老年の芸術家で、集まった人々の平均年齢も高かった。「原発を止めろ」というだけで対案のない運動は、 戦後の「何でも反対」の万年野党の集大成だ。

「たかが電気」という錯覚

 中でも話題を呼んだのは、坂本龍一氏の次の発言だ。

 言ってみれば、たかが電気です。たかが電気のためになんで命を危険にさらさなくてはいけないのでしょうか。[中略]お金より命です。経済より生命。子供を守りましょう。日本の国土を守りましょう。

 彼にとっては「たかが電気」かもしれないが、最も安定した電源である原発を止めると、古い火力発電所が止まったら大停電が起こり、病院などで命が失われる。そのリスクは、1000年に1度の巨大地震で原発事故が起こるリスクよりはるかに大きい。

 実は火力発電の健康リスクは原発より大きく、採掘事故によって世界で毎年1万人以上が死亡し、大気汚染で数十万人が死んでいる。

 「お金より命」というのも錯覚だ。日本の平均寿命は1900年には44歳だったが、今はその倍近くに延びている。経済の発展によって食糧が増え、医療が発達したからだ。現代でも、十分な医療を受けられる所得の多い人ほど寿命が長い。お金がないと、命も守れないのだ。ただでさえ衰退している日本経済で原発を止め続けると、燃料費の負担だけで毎年3兆円近くが失われる。人々はますます貧しくなり、多くの命が失われるだろう。

---------------------(引用終わり)---------------

冷静な意見に耳を傾けてみましよう・・・ ヾ(*ゝω・*)ノ

-------------------------------(Infoseek News 2012.7.11)

世界の現実と日本の“反原発”の距離感

モーリー・ロバートソン「日本だけ脱原発……って、どうなんだろう?

「原発運動は“自壊”する」
今年1月、ツイッターー上でそう予言したひとりの人物がいる。モーリー・ロバートソン。ミュージシャン、DJなどさまざまな肩書を持ち、国際ジャーナリストとしても活躍中のアメリカ人だ。いわく、「全原発の即時廃炉」を求める声だけが拡大され、それ以外のことはなかなか口にできない空気に覆われている。二項対立の世界観や話法に呪縛されたこの運動は、遅かれ早かれ“現実の壁”にぶち当たって敗北する――。関西電力・大飯(おおい)原発3、4号機の再稼働決定後、脱原発運動は拡大しているようにも見えるが、やはり彼は「これは長続きしない」と言う。現在の運動の問題点、そしてグローバルな観点から見た「日本の脱原発」の課題とは?

■海外メディアだってインチキは山ほどある

―今後、脱原発運動はしぼんでいくと予測されていますね。

モーリー はい。脱原発を目指すこと自体は、理想とか将来に向けての目標としては至極健全だと思うんですよ。だけど「やり方」がよくない。脱原発という目的達成のためなら科学的、経済的、現実的な検証をしなくてもかまわないんだ、という空気が定着してしまったじゃないですか。

瓦礫(がれき)は持ってくるな! 悪いのは政府だ! 電力会社なんか潰れてしまえ! あのような怒りに任せた活動が、多くの人の共感を勝ち得るのは難しいですよ。

―そもそも、なぜこうなってしまったんでしょう。

モーリー  事故直後、日本政府とマスメディアの情報発信機能がダメダメになったとき、欧米の新聞は「日本政府は隠蔽(いんぺい)している」という記事ばかりになりま した。それはそれで一部事実だったんだけど、そこにつけ込んで妙な情報を発信する活動家みたいな人が現れて、それがどんどん広がっていった。「日本政府は 国民を見殺しにしている」的な。

―それに、一般の人々もかなり煽(あお)られてしまったと。

モーリー  日本のマスメディアを疑うあまり、海外のメディアや情報発信者を無条件に礼賛(らいさん)する人もいますが、海外だっていろいろです。それこそあの当時は、世界中のタブロイドやインチキメディア、エセ科学者やトンデモ系ジャーナリストが、あることないこと書きたてて盛り上がっていた。

そういう“飛ばしネタ”を紹介して「日本はもう滅亡するぞ」と言い放つ活動家がいたのには辟易(へきえき)しましたが、意外にもそれがけっこう広がってしまった。メディアリテラシーの問題もそうですが、それ以前にもう少し英語のわかる日本人が多ければ、あの玉石混交(ぎょくせきこんこう)を仕分けることが できたのかなぁと思います。

―いまだに「日本が滅亡する」と思っている人は少ないでしょうが、そうした言説が広がってしまった影響は今の反原発運動にも残っているような気がします。

モーリー  東電は利権を手放したくないから、みんなをがんにしてでも原発を推進する。マスコミはそれに逆らえない。そもそも原子力は、CIAが正力(しょうりき)松太郎をエージェントとして使って普及させた。原発には「核兵器に転用できるプルトニウムの貯蔵庫」という役割があった……。気づいた頃には、左翼活動の歴史観みたいなものが重なり合ってきました。

仮にその一部が本当だったとしても、「原発依存の上に成り立ってきた豊かな日本」という現実は苦々しくも受け入れなければならない。だけど、多くの反原発派 にはその視点がないんです。自分たちは無限に潔白な被害者だ、と。現在の運動参加者の多くは、デモなどに初めて関わる“素人”だと思いますが、左翼が逃げ 込みがちな短絡した世界観が彼らの共通言語になってしまっている

―しかし、その点を指摘すると反発もかなり大きいのでは?

モーリー まあ、その手の人から言わせると、僕は“御用ジャーナリスト”のようです。一応、「疑わしい過去」がありますから。

―疑わしい、とは?

モーリー まず父親のこと。僕の父は1968年から76年まで、広島市の原爆傷害調査委員会に研究医として勤めていました。このことで、僕の言説の妥当性を疑う人がいる。5歳から13歳の頃の父親の職業なんて、まったく関係ないと思うのですが。あと、僕は原子力業界からお金を受け取って講演したこともある。お金はもらわないと食べていけないので、そこはご理解いただきたいのですが、それでもジャー ナリストとして独立性は守りました。原子力推進の話しかさせないという依頼は受けないようにしていたし、実際に講演では原子力業界の“問題”も指摘しまし た。一方で、僕はガチの反原発派が主催するお祭りにも参加したことがあるんですよ。

―脱原発デモや集会には多くの著名人が参加しています。

モーリー  坂本龍一さんとかね。僕は彼の大ファンで、音楽家としてすごく尊敬しています。しかし、この問題での彼の発言には違和感がある。例えば、彼は即廃炉を主張していますが、廃炉にした場合としなかった場合それぞれの環境リスクとか、科学的な検証をご自分でされているのでしょうか? そうでないなら、それは無責任だと思います。

彼を支持する人たちも、坂本龍一が好きだからといって、その主張を無条件で受け入れていいんですかね? そういう情緒でつながる横滑りって、すっごく安易だと思います。

―その人の知名度や“看板”で決めてしまってはダメだと。

モーリー  それと「世界」を知ることが決定的に重要です。例えば、アメリカにはスチュアート・ブランドという60年代から環境活動をしている人がいます。昔は反原発活動家だったんですが、近年、考え方を180度変え、地球温暖化を防ぐには原発しかないと言っている。ガチガチの反原発派がなぜそうなったか。「魂を売ったから」などと短絡的なことを言わずに、その経緯を追っていけばもっと視野が広がると思います。

―世界中が思いを共有しているわけではない。

モーリー  結論から言うと、「一国からの脱原発」は不可能だと思います。今、世界ではどんどん原発が拡散しようとしている。インド、ベトナム、UAE、ブラジル…… 特に中国では、今後100基以上の原発が建設される予定です。先進国にいるわれわれが、それをただ「けしからん」と言えるでしょうか。石炭燃料で電気をつ くり、街は燃費の悪いバイクや車の排ガスで息苦しい。そんな国々に、「このまま頑張れ」と言うことが許されるでしょうか。

石油は戦争をもたらし、北米のシェールガスは掘削による地震や水の汚染リスクが指摘されていて、石炭の健康被害も明らか。そういった問題を踏まえた上で、福島の教訓を生かして世界と対話していかなければ。世界のリアリティを複眼的に、国境の中だけじゃなく外から見ることが必要なんです。途上国の気持ちを無視 して、自分たちだけは放射能に汚れたくない……なんていう時代じゃない。今、必要なのは真のエコロジーを語るリーダーだと思います。

―それでも「日本から脱原発を」という声もありますが……。

モーリー  素晴らしい理想。ただ悲しいかな、まったく現実的ではない。本気でエコロジーや人類の幸せを達成したいなら、歴史も経済も科学も無視し、人々を動員して叫んだところで何も解決しない。便利なコンビニの中に立てこもって出てこないようなレトリックじゃ、何も変わらないんです。

(取材・文/コバタカヒト 撮影/高橋定敬)

■MORLEY ROBERTSON モーリー・ロバートソン)
1963 年生まれ、米ニューヨーク出身。父はアメリカ人、母は日本人。東京大学、イェール大学、マサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学などに現役合格した が、東大を3ヵ月で中退、ハーバード大学へ。88年、同大卒。現在はジャーナリスト、作家、ミュージシャンとして幅広く活動。著書に『よくひとりぼっちだった』(文藝春秋)な

--------------------(引用終わり)-----------------

もう一つ、まっとうな意見を・・・・ガンバ━━○(・ω・`)o━o(´・ω・)○━━!!!

--------------------------------(週プレNews 2012.07.03)

科学から見た反原発の問題点 菊池 誠

「“御用”のレッテルで科学を殺すな」

あらゆる情報が錯綜し、安全なのか危険なのか、それどころか何が起こっているのかさえよくわからなかった福島第一原発事故の直後、「直ちに健康 に影響はありません」という“大本営発表”に心から安心できた人はどれほどいただろうか。そんななか、ツイッターでより正確な情報発信を試みた何人かの科学者がいた。

そのひとりが、大阪大学サイバーメディアセンター教授の菊池誠氏だ。特にインターネット上や週刊誌上で飛び交う、科学的根拠やソースの怪しい危険情報について、彼は「それはおかしい」「真実ではない」と注文をつけ続けた。そんな姿勢に“御用学者”と罵声を浴びせる人たちもいたが、それでもなお発信をやめなかったのは科学者としての責務か、それとも人としての正義感だったのか―。

***

■とんでもないことを言う“専門家”もいた

―菊池先生の原発事故関連のツイートは、かなり大きな反響があったと思います。

菊池 “ニセ科学”の問題点を批判するようなことを何年もやっていて、今回の震災以前からブログなどで発表していました。ですから、ツイッターでの反響には面食らった部分もあります。内容も僕としては特別なつもりはありませんでした。

科学的に見てあまりにもあり得ない話があったら「それはない」と言ったり、当初から科学的な考察をしておられた東京大学の早野龍五(はやのりゅうご)先生とか、KEK(高エネルギー加速器研究機構)の野尻(のじり)美保子先生のツイッターを読むことを勧めたり。

―事故の影響に関して、専門家がもっと自発的に情報発信すべきだったと思いますか?

菊池 本当の意味での原子力の専門 家がほとんど表に出てこなかったのは残念でした。もちろん、一部の専門家は事故直後からテレビにも出ていましたが、ご存じのように彼らの安全寄りの予想は 外れ、事故は拡大していった。それで彼らが信用をなくしてしまったことが、その後に大きく影響したと思います。

また、容赦なく“御用学者”というレッテルが貼られるようになったことも、彼らが口をつぐんでしまった理由かもしれません。いずれにせよ、初期のつ まずきで彼らの意見があまり表に出なくなったのは、われわれにとって大きな損失だったと思います。一番の専門家による専門知識を得られなくなったわけです から。

― 一部には、原子力業界と関係のない科学者についても、少しでも安全寄りな話をするとすぐに“御用”と呼ぶような風潮もありました。

菊池 御用学者という言葉を好んで広範囲に使った人たちやメディアもありました。週プレにも怪しい記事はありましたが、ほかの週刊誌ではもっとひどい記事があった。意見の中身を見ず、その人の社会的立場や結論だけから御用学者と決めつけてしまう。一方で、ものすごくセンセーショナルなことを言う“専門家”をもてはやす。科学者の肩書でも、 とんでもないことを言う人がいました。

―同じ“科学者”なのに、言うことが全然違う。一般の人たちは当然混乱してしまいます。

菊池 ひどくおかしなことを言って いるなぁとすぐにわかるはずのことも信じられてしまいました。例えば、水素爆発を「核爆発だ」とおっしゃる科学者もいた。でも、原子炉の核反応と核爆弾の核爆発がまったく違うのは科学者なら常識です。そういうでたらめなことを言っている、専門家ともいえない国内外の人たちが混乱を助長した面はあると思いま す。さすがに今は、ああいう極端な話をする人間は信用しなくていいと気づいた方も多いでしょうが、そういった話をいまだに真に受けている方もおられます。

―一般人にも“科学的思考”が必要ということでしょうか。

菊池 知識は力になります。難しいことはいらないので、基本的なところを少し勉強してみてほしい。放射能のリスクについても、危険か安全かの話の前に、まず放射線とはどういうものかを少し知る。遠回りに感じるかもしれませんが、それが役に立つと思います。自分の感覚的な価値観だけで結論を決めて、「とにかく危険」という話しか耳に入れない人も少なくない。でも、基本的なところを理解すれば、怪しい話かどうかは見分けられるはずです。

それとメディアの報道。両論併記さえすれば、それでバランスが取れると考えるのかもしれませんが、科学的な重みの違いもあわせて書いてほしい。さっ きの核爆発にしても、そういう意見を言う自称“専門家”もいるにはいますが、科学的な重みでいえば「99対1」くらいで無意味です。でも、その差を言わなければ「50対50」に見えてしまい、実態とかけ離れた印象を与えてしまう。中途半端な両論併記は、かえって読者の適切な判断を妨げると思います。

―今の福島の状況についても、本当にいろいろな説が出回っています。

菊池 あれだけの放射能汚染があっ たわけですからリスクはあります。例えば福島市や郡山(こおりやま)市に住むなら、小さいとはいえ、明らかに放射能によるリスクが増している。ただ、事故 から1年以上が経過し、綿密な調査によって、例えば子供たちの内部被曝が当初心配されていたほどではないことなどがわかってきました。

ところが、一方で福島の被害を大きく見せようとする人たちもいる。一部の先鋭化した人たちは今も「子供が住むべき所ではない」と声高に叫んでいま す。彼らは正義感でやっているわけですが、だからといって事実ではないことを吹聴するのが許されるとは思えない。危険を強調したほうが人々のためになると 言う人もいますが、小さいリスクを「大きい」と叫ぶことの弊害も決して小さくありません。住むか住まないかは各個人の判断を尊重すべきです。

―彼らは、放射線量について行政側の発表を信じていません。

菊池 側溝など放射性物質がたまり やすいとわかっている場所を測定すれば、極端に高い数値も出ます。でも、そこをわざわざ測って「こんなに高い!」と言っても意味がないんです。そこに住ん でいる人にとって本当に必要なのは、側溝ではなく現実の生活空間そのものに即した情報です。動機は正義感かもしれないけど、放射能の危険を強調するために 使えそうな情報を選んでいるだけでは、あまりにも無責任です。

正義の目的があり、その達成のためなら福島に住んでいる人がより不幸になっても構わないと考えているようにさえ見える。震災がれきの受け入れ問題で も、被災地の現状に目を向けているようには思えない。彼らは否定するだろうけど、結果として被災地をさらに不幸にしてしまっている。脱原発運動はいいのだ けど、そういうおかしな正義感に基づいた運動では、決して被災地のためにも誰のためにもならないと思います。

―一部、先鋭化した反原発派から“御用学者”となじられても発言を続けてきた理由は?

菊池 責任感とか正義感ではないで すね……。大したことも言っていないと思います。ただ単に、変な話が流布(るふ)するのが嫌なんです。それによって傷つく人や差別される人がいるのが悲し い。昨年の3月11日に津波の映像を見て以来、1年以上ずっと気持ちは晴れません。原発や放射能のことしか考えていない人たちに、こう問いたい。震災と津波で多くの犠牲者が出たことを、本当に覚えていますか?

(取材・文/コバタカヒト 撮影/高橋定敬)

■菊池 誠(きくち・まこと)
1958年生まれ。東北大学理学研究科物理学専攻修了(理学博士)。大阪大学サイバーメディアセンター教授。「ニセ科学フォーラム」実行委員。著書に『科 学と神秘のあいだ』(筑摩書房)、『信じぬ者は救われる』(香山リカ氏との共著・かもがわ出版)、『もうダマされないための「科学」講義』(計5名の共 著・光文社新書)などがある

------------------(引用終わり)--------------------

梧桐が資料を提示して理論的に話をしようとしても、「脱原発・反原発」の人ってば「だったら福島に住んでみろ」で話を打ち切ってしまいます ??r(・x・。)アレ??? 思考停止の極みですね (:.o゚з゚o:.).:∵ぶっ

証拠を並べてまっとうな話し合いをすることができないところは、某隣国とまったく同じです・・(・`ω´・(-`ω´-)ウン  韓流の見過ぎで脳が冒されているんでしょうか?(それとも同化してきているのかな?)(。´・ω・)ん?


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