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非常事態という発想のない平和憲法 [社会・環境問題]

こんにちは~ (*^_^*)/

日本人の悪癖に「見ざる言わせざる聞かざる」っていうのがあります。ヾ( ̄ ̄*)

つまり「嫌なことは見ない。言わせない。聞き入れない」という態度で、最悪の事態を想定しないのです。例えば、今回の福島原発の被災でも、技術者ならば当然考えるべき電源喪失という事態がそもそも想定されていませんでした。また、海外では常識である武装テロに対する備えなども、全くありません。

-----------------------------(zakzak2011年5月9日)---

 2007年2月26日付の在日米大使館発の公電によると、米側は各地の原発に武装警備員を配置できないか日本政府に質問、文部科学省は「原発の事業者と警察当局が判断する」とした。

 公電は民間警備員による武器携行は法律上不可能との日本側の説明も記載。米側が武装部隊の必要性を念頭に置いていることをうかがわせる。

 米側は、特に茨城県東海村を「主なプルトニウム保管施設」と指摘。武装部隊がいない事情を日本側にただしたが、文科省は「武装警察の配置が正当化できるほどの脅威はない」と説明したとしている。

  米側は原発の重要区域に出入りする労働者の身元調査も要請。文科省はこれに対し、個人の身元を調べることにはプライバシーの問題があり、日本政府はトラブ ルを引き起こすことを「避けたいと望んでいる」と説明。ただ、政府の身元調査が「非公式に」行われている可能性は認めた。

 また06年1月27日付の公電は、関西電力美浜原発(福井県)で前年11月に行われた国民保護法に基づく対テロ訓練を報告し「台本通りで少し完璧すぎる」と触れるなど、台本通りの進行について再三指摘している。

-------------------------------(以上引用終わり)------------------

武装テロリストは日本の法律に従わないでしょうから、丸腰の警備員では対応できる筈がありませんよね。日頃から警備の不備や不測の事態の到来を予想し、警備強化やバックアップ体制の強化を電力会社に求めて(警鐘を鳴らして)いたならともかく、大惨事が起こるまで放置してきた政府やマスコミに、東電を非難する資格はありません。

非常事態を想定していないと言えば、日本の平和憲法そのものが非常事態を想定していませんよね。

-----------------------------(産経新聞記事2011年5月12日)----

【復興日本】第1部 震災から見えた危機

非常事態 想定せぬ憲法

 「災害対策基本法の災害緊急事態は関東大震災級への備えだったのに布告されなかった。法体系が使われていない」

 憲法記念日の5月3日、都内で開かれた「民間憲法臨調」のフォーラム。運営委員長の西修(おさむ)駒沢大元教授は、東日本大震災への対応を“平時の論理”で乗り切ろうとする菅直人政権の不作為を批判した。

 災対法は、死者約4700人、負傷者約4万人を出した昭和34年の伊勢湾台風をきっかけに36年に制定された。同法105条では、首相に「災害緊急事態」布告の権限を与え、109条は「国会閉会中」であれば、生活必需物資の配給や引き渡し制限、債務の支払い延期などの緊急政令を出すことも認めている

 「関東大震災程度のものが、これに当たります」

 制定当時、藤井貞夫自治省行政局長は国会答弁で、災害緊急事態が布告される事態をこう説明している。

 それから半世紀。「千年に一度」といわれ、菅首相も「国難」と称した大震災でも災害緊急事態は宣言されなかった。

 官邸では「細野豪志首相補佐官らが検討したが立ち消えとなった」(関係者)とされる。枝野幸男官房長官は9日の記者会見で「災害緊急事態は(緊急)政令の制定が唯一の効果だ」とし、国会開会中だったため必要なかったと説明した。

 緊急事態宣言というメッセージによって、国民の協力を求めるという「政治の発想」も見あたらない。枝野氏は10日、「国会にお願いすれば、多分すぐに(緊急対応に関する)法律を作れた」とも述べ、緊急政令を改めて否定した。

 だが菅内閣は実際には一本の緊急法案も提出していない。原発事故も含め震災直後にはガソリンや医薬品などが不足し、入院患者の移送では死者も出るなど悲劇が起きた。それでも臨機応変の法律や政令はいらなかったのか。

 平成16年5月には民主、自民、公明3党が大規模災害やテロなどに備える「緊急事態基本法案」の制定で合意したが、いつの間にかうやむやになった。

 官邸関係者は「災害緊急事態は戒厳令的で疑問符がある」と拒否反応を示す。軍隊が前面に出る戒厳令と災害緊急事態宣言とでは、全く意味合いが異な るにもかかわらずだ。そこには、非常事態を想定しない現行憲法下で平和と安全の神話に浸ってきた“戦後日本”のメンタリティーが反映されている。

 ■国際規約も「権利制限」

 国民に最大限の自由と権利を認めるべき平時の体制のまま、大災害や有事といった非常事態を乗り切ろうとすると被害が増したり、事態の解決を遅らせかねない。平時への復帰には一時的に行政府に権限を集めて対応した方が合理的だ。

 例えば、国際条約である「国際人権規約」(市民的及び政治的権利に関するB規約)の第4条は、非常事態が公に宣言された際、「締約国は必要な限度において、この規約に基づく義務に違反する措置をとることができる」と定めている。

 つまり、市民の自由や権利を守るための国際規約でさえ、非常時には一時的な自由・権利の制限を容認している。

 日本の現行憲法も12条や29条などで国民の自由と権利、財産権などを「公共の福祉」のため制限できるように書いている。しかし、その規定も平時ばかりが意識され、正当な補償をともなう土地の収用でさえ、極めて限定的な措置をとることにとどまっている。

 さらに、現行憲法には非常事態の規定がなく、「公共の福祉」でもって国民の自由と権利・財産を制限することが社会共通の認識になっていない。

 現憲法に欠ける非常事態規定を盛り込もうにも、憲法改正のための国民投票の前提となる衆参両院の憲法審査会は委員の選任さえ行われておらず、いつになったら始動するか不透明だ。

 平成2年(1990年)から20年(2008年)までの間に新憲法を制定した国はスイス、フィンランド、タイなど93カ国。西修(おさむ)駒沢大元教授がこれら93カ国の憲法を調査したところ、すべてに非常事態条項があった。

 西氏は「世界のほとんどの国の憲法は非常事態に備えている」と指摘する。非常事態に正面から向き合おうとせず、「平時の憲法体制」しか持たない国は日本くらいだ。

 日本と同じ第二次大戦の敗戦国であるドイツは1968年、憲法(基本法)に緊急事態条項を加えた。武力攻撃事態の手続きや大規模自然災害・事故での連邦政府と各州の役割分担を定めている

 フランスは憲法で大統領の緊急措置権限と戒厳令を定めている韓国の憲法は「戦時」「事変」とそれに準ずる「国家非常事態」への対応を定めている

 米国憲法には明文規定はないが、行政権を持ち軍の総司令官でもある大統領が、非常時には「国家緊急事態宣言」を出してあらゆる権限を持つのが前提。緊急事態を宣言する手続き法が存在する

 森本敏拓殖大海外事情研究所長は3日の民間憲法臨調のフォーラムでこう訴えた。

 「現憲法の下の戦後体制が崩壊しているのではないか。国民と国の安全の根っこにある憲法が不備のまま、パッチワーク的に対処していいわけがない」

 戦後最悪の被害をもたらした大災害を前に、憲法のあり方が問われている。(榊原智、小田博士、田中靖人)

------------------------------(以上引用終わり)---------

まあ、自民党政権下のサリン事件の時でさえ、 オウム真理教破壊活動防止法適用しなかった・・・・ポカッ! (._+ )☆ヾ( ̄ヘ ̄; ) ォィォィ 間違えました。阪神淡路大震災の時に「なにぶんにも初めてのことですので」と言い放った社会党の村山富市内閣の時でしたね。

---------------------------------------(産経新聞2011.4.13)---

政権による政治的人災

 事故発生からひと月が過ぎて、原発は制御に向かうかわりに、チェルノブイリと同じ「レベル7」という最悪の評価を下されるに至った。菅直人首相の下、政府は、スリーマイル島原発の事故と同じレベル5にとどまるとの見方から「最悪」事態の認識へと後退を迫られた。

 原発、放射線との闘いで、菅政権は後退に次ぐ後退である。第一の理由は事故の実態を正確に読みとることができなかったことにある。正確に事態を把握できない限り、事態の解決はあり得ない。その意味で今回の原発事故の本質は菅政権による政治的人災である。

  政治的人災は現在も続き、日本の国益を蝕(むしば)み、日本の未来の可能性を削り取りつつある。世紀の事故となったこの原発惨事に関して、正確な情報を出 し得ていないことが、日本に対する内外の不信を必要以上に高めている。チェルノブイリの事故に並べられ、技術立国としての日本の評価も傷つけられつつあ る。

                   ◇

 正確で迅速な情報公開こそ、この種の被害を最小にとどめ、信頼をつなぎとめるが、情報公開を標榜(ひょうぼう)してきた菅直人首相は、それをしていない。

 国際社会の対日評価が悪化する中、被災者の暮らしの立て直しについて、国の方針も施策も明確ではなく、遅々として進んでいない。これも政治的人災である。

 地震発生当初より、救援を求める側も、救援の手を差し伸べる側も、驚くべき忍耐力と自己規律、他者への配慮という日本精神を発揮して一様に内外の賞讃をあびた。人類が初めて体験する大災害に直面して、国民は本当に立派な人々であることが証明された。

 国民がこぞって求めているのは大きな指針である。その指針を貫徹する政府の決意と具体策である。政府に対して信頼の念を寄せることができるだけで、国民の心には安心感が広がるであろうし、心強い支えとなる。

  だが、菅首相のこのひと月間の言動は、このままでは首相には恐らく未来永劫(えいごう)、国民の期待に応えることはできないと思わせる。首相は野心満々の 個人ではあっても、国家を動かす「知」を欠いているからだ。日本の近代国家建設に貢献した伊藤博文は「国に組織ありて而して後国始めて始動す」と書いた。 国の組織は即(すなわ)ち制度である。「制度とは国に生命を与え、これを動かすもの」である(『伊藤博文-知の政治家』瀧井一博、中公新書)。

  たしかに首相は大災害発生以降19もの新たな会議を作った。多すぎるが、それが日本国の制度の土台とつながっていれば、それなりに機能するのかもしれな い。しかし、首相は自らの友人、知人を中心に組織を作り、日本最大のシンクタンクであり、国家制度の中核をなす官僚組織を組み込むことができないでいる。 結果、首相の考えも指示も思いつきの次元にとどまり折角(せっかく)の新組織が機能しないのだ。

 西岡武夫参院議長は菅首相の対処を見て、図らずも、「いつまで会議をしているのか」と問うた。首相は会議を重ねるかわりに我欲を捨てて、国民と国家のために働け。それができなければ首相を続ける意味はない。

----------------------------------(以上引用終わり)---------

大震災の時にかぎって政権担当能力のない未熟な左派政権になりますよね。

・・・ ヽ(□ ̄ヽ))...((ノ ̄□)ノ あぅあぅ・・・


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